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APHORISMS

クソジジイの金言

世間の評価に一切頓着しなかった哲学者、ショーペンハウエル。孤独、富、社交、天才、生と死——歯に衣着せぬ言葉の数々は、二百年近く経った今も、少しも古びていない。
クソジジイ!ショーペンハウエル 表紙
クソジジイ!ショーペンハウエル 絶望の時代の最強の生き方
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其の一
人間は猛獣である。
それでも金を愛することは自然であり、不可避である。
健康第一、他のことはむしろないがしろにすべきである。
富は海水のようなものだ。飲めば飲むほど、喉が渇く。
(ババア死す、重荷去る)
其の二
文体は美しさを思想から得る。思想を文体によって美しく飾ろうとしてはならない。
大切なのは普通の語で非凡なことを言うことである。
自負のなかでも最も安売りの観があるのは愛国心である。
真の独立の境地にあって、働くことなくのうのうと暮らしていけることは、評価できないほど価値がある。
其の三
人間は、孤独であるときのみ、完全に自分自身でいられる。ゆえに、孤独を愛さない者は、自由を愛さない者である。
人間を社交的にするのは、孤独に耐えられないという無能力である。
人はだれでも自分の話し相手になった者と同じ水準に身を落とす。
愚者、馬鹿者を相手どっておのれの分別を示す方法は一つしかない。その方法は、彼らとは語らないことである。
其の四
ドアをバタンと閉めることほど、私にとって不愉快なことはない。それは単に無作法なだけでなく、粗野で愚鈍な証拠である。
残っている在庫の全部数を、屑紙としての価格(マキュラチュア価格)で、私が現金で買い取る用意がある。
にもかかわらずわたしは、カントの著作に真剣に取り組んでみてはじめてそのなかに重大な欠点があることを発見した。
天才は過度に知性を備えており、凡人の知性が個々の人に奉仕する責任があるのに反し、天才の知性は人類全体へ奉仕する責任がある。
生の短い夢に対し、無限の時間の夜は何と長いことであろう。
其の五
彼らの社交や会話のありさまは、人さまの家の前にぼんやり立っている大勢の人間や、他人の家の窓から中の様子をうかがうのぞき屋と大差はない。
だれでもおのれをこえて見ることができない。すなわち人はだれしも自分自身と同じ大きさで他人を見ているのだ。
あらゆる享楽とあらゆる幸福は消極的な性質のものであり、それに対して苦痛は積極的な性質のものである。
苦しみを追放しようと絶えず努力をしても苦しみの形式を変える以上のことはできない。
其の六
ヴェーダは人間の認識と知恵の最上のものの成果であり、その中心はウパニシャッドという形を成していて、今世紀最大の贈り物としてついにわれわれ(西欧人)にも届けられるに至ったのである。
それはさながら一つの物の像が多面体に切られたガラスの小面を通すと多様に見えるのと同様である。
其の七
目隠しをして袋に手を突っ込み、無数の毒ヘビの中から一匹のウナギを摑み取るような賭けだ。
もし子供を産むという行為が、性欲や快楽の結果ではなく、純粋な理性の判断によって行われるとしたら、人類は存続するだろうか?
人の生存中に記念碑が建てられる理由は、後世の人がその人のことを惜しんでくれるという見込みがないからである。

この毒舌と洞察の奥にあるものを、一冊丸ごと読み解いたのが本書である。

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