私の実家の近くに、かつてTというおいしい蕎麦屋があった。本当にすばらしい店だった。
そこから車で一〇分ほど離れた場所に、Tの店主の弟が出した支店があったが、本店とはまったく別物のまずい蕎麦屋だった。
知人が支店によく行くと言うので、私が「本店と支店では比べ物にならない」と言うと、彼は「同じ店名なんだから同じ蕎麦でしょう」と答えた。
完全に別物でも、同じ看板を掲げていれば同じだと思う人は、世の中には多い。某所にとんかつの名店があった。
私はそこのとんかつが好きだったので、よく通っていた。
あるとき、いつもの職人(七〇代)ではなく、普段、奥でキャベツを切っている黒ぶちの眼鏡をかけた陰気な男(五〇代)がとんかつを揚げていた。初めて見る光景であり、私は動揺した。
出てきたとんかつは別物だった。油のキレも悪く、素人レベル。
その後、七〇代の職人は亡くなったと聞いた。
二度ほど味をたしかめに行ったが、完全にダメになっていた。
黒ぶち眼鏡の男には、これまでとんかつの揚げ方を学ぶ機会はたくさんあったはずだ。天才的な職人が横で仕事をしていたのだから。しかし、経営者の息子なので、キャベツを切るだけで安定した収入を得ることができたのだろう。それが彼をスポイルした。
いわゆる老舗は、代替わりの際の危機を回避する仕組みを持っている。代替わりのたびに味が変わっていたら話にならないので、手間暇をかけて後継に技を伝える。逆に言えば、組織を維持するためのノウハウを持っているからこそ老舗といえるのだ。
二代目、三代目のアホのボンボンが、老舗としての責任を全うすることができず、勝手に味を変えてしまったり、財テクをはじめたりして失敗する例は日本全国にたくさんある。
その最大のものが自民党だろう。
かつての自民党と現在の自民党はまったく別物である。看板が同じというだけで、内容はまったく異なる。
では、自民党はいつ変わったのか?平成元(一九八九)年である。
よって本書では、平成元年に何が発生し、それ以降、自民党が劣化し、日本が三流国に転落していく経緯を示す。その際、個別の政治家を描写することにより、自民党の本質を炙り出すという手法をとった。
本書では自民党の大罪を白日の下に晒す。
なお、人物の肩書は当時のものに統一、敬称は省略した。引用においては適宜ふり仮名を加除し、〔 〕により補完した。
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